春のサプライズ? *ラバ誕記念作品
 

 


          




 大学生の春休みはまちまちで、ウチの大学は後期試験を追試なしでクリア出来れば…三月初頭には自由の身となれる。普段から仕事にアメフトにとそりゃあ忙しい身にとっては、それが本業ながらも授業がないって随分と助かるもんだから。論文やレポートは、高見さんにも見てもらいつつ頑張って早めに仕上げたし、試験にしても…理数系の必修科目はともかく、専攻科目には小論文系のものが多いので、出そうな範囲の論旨を要約してもらい、暗記したそれを骨組みに論を展開して、苦手な作文をつらつらと書き上げて。得点はぎりぎりながらも、何とか最短日程にて全教科を無事にクリア出来まして。そんな快挙へ、
『こんな言い方をするのは失礼ながら“大学に在籍していること”にしか関心はないのかと思っていたよ』
 なんて、見直して下さった教授もいて。健闘ぶりを褒めていただいて面映ゆかったのは、実は実は…アメフトが先に有りきの姿勢だったのがちょこっと疚
やましいなって感じたから。
“だって…まだまだ続けていたかったし。”
 ドラマや映画なんかじゃ追っつかないほど、心から泣いたり笑ったり、どうにもならないジレンマに鷲掴みにされた胸が ぎゅぎゅうと絞り上げられるような、そりゃあ苦しい想いも一杯したしね。こうまでのめり込めたもの、あっさり手放したくはなかったし。だから、三年まで居残って自分のこと引っ張り上げてくれた高見さんが、外部の大学に進んだのを迷わず追っかけた桜庭だった。妖一さんと同じチームってことを思わなかったのは、それじゃあ面白くないって感じたから。チームの立ち上げっていう“0”から始める彼だって判って、だったら少しでもお手伝いした方が良かったかなって、途中途中で思わないでもなかったけれど。それって、もしかしなくとも自惚れだって感じたし。自分なんかより むしろ…あの進清十郎さんに近いほど、アメフトに一途なまでの崇高な思いを寄せてる、何よりも優先している妖一さんだったから。そこへと特に自負も強かった人が、自力で立ち上げたチームでっていう挑戦をしようっていうのを、自分ごときが出しゃばって邪魔しちゃいけないって思ったし。それに、自分は単独で誰の前へでも立ち塞がれるような、そんな格じゃあないってわきまえていたからね。情けないけどホントの話だ。高校生の頃だって、五里霧中な中から立ち上がれたのは、自分の成長を根気よく待っててくれた高見さんがいてくれたから。勿論、そこへばかり凭れるのではなく、自分なりに頑張りもする。あの、実は天才ではなく 人一倍努力家の悪魔さんに、好敵手だってムキになってもらいたいから。だから、敢えて向かい合うポジションを選んだ自分で。

  “まあ、それもこれも今は置いといて。”

 春休みに話を戻そう、うん。ウチのチームの春合宿は、学生たちの追試のみならず、入試日程との兼ね合いもあって、3月後半の連休を皮切りに始まる。だからして、三月中は最終週まで“自主トレ”というスケジュールになっており、グラウンドや施設を使っても構わないが、チームとしての統一トレーニングはまだ始まらず、そんな隙をついてのように“お仕事”の量も微妙に増える。健全で精悍なアメフト選手という“スポーツマン”だって肩書きを履歴の上で重宝している関係上、練習や試合という行事を優先させてくれるのはありがたいけど、休みなら容赦なく…とスケジュールを詰められるのへは、さすがになかなか逆らえず。この春は一体どんなハード・スケジュールを組んで下さっているのやらと構えてみれば、

  “バースデイ・カウントダウン、ね。”

 週末にやって来るのが、19歳の誕生日。土曜日だから何かお客さんを集めてのイベントが入っているのか、それとも取材陣を盛大に集めての、撮影込みのバースデイ・インタビューかなと構えていたら。何と…前日の夜中にファンと一緒に“カウントダウン”をしようというイベントが設けられていた。深夜だから会場は押さえ放題だし、そんな時間帯でも春休みだから、お客さんだって集めやすいということだそうで。そんな舞台
ステージで…アイドルとはいえ“モデル”で、駆け出しの“俳優”の自分がどんな芸を見せるのかと言えば。これまで演じて来たヒット作品の中の役柄の演技をあれこれダイジェストでご披露してから、唯一の持ち歌であるドラマの主題歌を歌って。そして…皆に囲まれてお誕生日を迎えるカウント・ダウン。
“お正月じゃないっての。”
 まぁま。おめでたいことだって、祝ってもらうんだしょうに。
“僕の出番はそこまでだしね。”
 ………はい? おや、これはプログラムですね。う〜んと、カウントダウンの後は…ジャリプロ・ニューフェイスによるヒットソング・レビューショー?
“今回の桜庭春人の役目はネ、客寄せのための名前だけなんだって。”
 まあね、それでなくとも このところの活動は、グラビアのモデル以外ではドラマや映画という“演技”の方が主体になっていて。ライブでお客様を前にアドリブを利かせて何かやるというタイプのタレントじゃあなくなりつつある。そこのところは事務所の方だってよくよく判っており、お客さんを集める疑似餌代わりに掲げられたのが“桜庭春人”という広く知られたアイドルの名前。確かに彼が主体で、彼のお誕生日を祝いましょうというイベントだが、事務所としては…その尻馬に乗っかって、他のタレントたちの名前も広めようというのが狙いだとかで。頼りにされてはいるらしいのだが、
“な〜んだかな。”
 中途半端な扱いじゃんかと、それが少々詰まらない。それに、誕生日当日には何をやるのかの方は、いまだに全く伝えられておらずで、
“オフじゃないってことは、何か入ってはいるらしいんだけど。”
 自分へのサプライズってことだろうか。あんまり無茶なことはさせないでほしいんだけど。妙な発表を兼ねた記者会見だったらどう乗り切ろうか、詰まらないノリ突っ込みとかで引かせては不味いしなぁ。う〜んう〜ん………。


  ――― 相変わらず、
       お仕事の方でも悩みは尽きない、桜庭春人くんであるらしいです。









            ◇



 さてとて。いよいよ、お誕生日は明日という金曜日。夜中までのお仕事が控えているからと、昼近くまでの遅寝をし、インディーズバンドのライブなどで結構有名な、某ライブハウスのステージにて、本番までの打ち合わせと音合わせ。春人くん自身の出番は実質 30分ちょっとという程度のものなので、進行役の司会のお兄さんと、やりとりする予定の台詞や立ち位置などを確認すればそれで終しまい。
“う〜〜〜。”
 明日の予定は相変わらずに不明なままであり、お陰様で集中しにくい事この上もない。
“妖一も捕まらないしさ。”
 3部リーグへの昇格という準備をしつつ待っていた、いよいよの頼もしいメンバーたちが高校から大学へ進学してくるこの春だから。合宿や特訓を盛りだくさんに構えてでもいて忙しいのか、電話を掛けてもメールを打っても捕まらないしお返事もない。きっと大好きなことへと集中していて、そりゃあもう充実している彼なのだろうにと思えば、それを邪魔するのも何だから。恨み言さえ憚られ、ましてや、

  《 僕の誕生日だって覚えてる?》

 なんてこと、とてもじゃないけど訊けなくて。そうそう逢えなくたって約束で縛らなくたって、一番に大切な人だって気持ちは離れてはいかないぞっていうこちらの気持ち、余裕で信用されてるってことだよね。頑張ってそんな風に思いつつ、それでも…ついつい“はぁ〜あ…”と漏れてしまう溜息は正直なもの。最後に逢ったのはいつだっけ? バレンタインの後にも一度、逢ったっけね。お互いにバタバタって忙しくなって、それからずっと連絡さえ擦れ違ってて。
“もともと妖一は、独りで居たって平気なトコあるしな。”
 どんな逆境で向かい風にあっていても、毅然としていて頭を上げてて。そこがまた彼の彼たる所以であり、魅力なのだけれどもね。
“それにしたって…やっぱりサ。”
 いつもいつも傍らに居なくたって大丈夫って信じててくれてるのは嬉しいさ。強くなるって約束もした。それを彼の側からも尊重してくれてるって解釈をすればいいことなんだろうけれど。
“う〜。”
 即物的だと笑われたっていい。あの細っこい肢体をぎゅうぅって抱きしめたい。あの透き通った淡い灰色の瞳の奥底までを、じっとじっと覗き込みたい。意固地になってそっぽを向いたりする時に、鼻先をふわりと掠める仄かにミントの匂いがする髪とか。あの“ファッキンっ!”という、攻撃的な思い切りの罵声さえ胸に甘く響く声とか。しっとりなめらかな肌とか温みとか重みとか、この手に間近に直接感じたい。どこにでも常備しているらしい機関銃を構える白い指の、何とも綺麗なこととか、腹が立っても嬉しくても相手を蹴り上げる時の、素晴らしく均衡の取れた体の切れのある動作所作とか。ああもう、あん、もうっ、どんなことでもどんな姿でも愛しくて、思い出しちゃったら ますますのこと、逢いたくて堪らなくなっちゃったじゃあないですか。
“う〜〜〜。”
 せっかくの精悍で端正なお顔を引き歪め、もうちょっとで人目も憚らず身もだえしそうになってた、そんなタイミングに。半地下のフロアの片隅に楽屋として設けられた一室へ、む〜んっという携帯のバイブの唸りが鳴り響いた。ちょうど皆さんは舞台へ出払っていて、音のする方を見やれば…どうやら自分の携帯らしくて。こんなにも思い詰めてる時にどこの誰だと、思い詰めてる自分に陶酔しかかっていたらしい
(笑)お兄さんが、侘しい現実へやれやれと手にした小型モバイルの液晶画面に………。

  “………え?”

 噂をすれば何とやら。お祈りが通じたか、煩悩が形になったか。それは こうまで焦
がれた彼の人からのメールだったりし。しかもしかも、

  “ええっ!?”

 彼らしい短さのその文面がまた、それはそれは胸ときめかせる内容だった。曰く、



   ――― 明日の昼過ぎに、独りでマンションまで来い。













          




 昼過ぎという大雑把な指定だったので、日付を越えるカウントダウンが済んだと同時、もう出番はないねと こそこそと念を押し、一番に楽屋を飛び出したそのまま、自分の運転で駆った車にて帰宅を果たした桜庭くんで。
『…あ。そうそう、桜庭ちゃん。』
 何だまだ何かあるのかと、急いてる気持ちを押さえ込みつつ、楽屋の戸口前にて振り向けば、
『明日の予定、キャンセルになったから。』
 だからって気を緩めて不摂生とか不祥事はダメだよんと、笑えないジョークで見送ってくれたミラクルさんがちょっぴりしょげてたところを見ると、よっぽど大きな仕事がキャンセルになったらしかったが、そんなことなんか こちとら知ったこっちゃない。早く帰ってたっぷり寝て、たとえ半日、いやいやほんの数時間でもいい。愛しい妖一さんに逢う間の集中力を蓄えなくちゃと、半ばムキになって寝た。寝なくちゃ寝なくちゃと意識し過ぎると、どんなに体が疲れていても気分の高揚が邪魔をし、眸が冴えてしまう困った事態になりやすいのだが。今日ばかりは本当に心身共に疲れていたらしく、ベッドに潜り込んでほんの数秒で、地の底に引き摺り込まれるようなノリで、それはあっさりと意識がなくなっていたアイドルさんだった。


   ――― そして。


 室内の明るさに刺激されてか、それは自然に目が覚めたと同時、しまった目覚ましをかけていなかったと今更ながらに気がついて。低血圧症に負けないくらい一気に血の気が引いたのだが、幸いにして…まだ正午までに至ってはおらず。枕元から鷲掴みにした時計の文字盤を穴が空きそうなほどに見つめやり、一体何時なのかを数十秒かけて理解してから。大きく肩を沈み込ませ、は〜〜〜…っと思い切り安堵の吐息をついた桜庭くん。
“さぁさ、呑気に構えてらんないぞっと。”
 一応 携帯のメールをチェックしつつ上体を起こすと、脚を回してベッドから起き上がり、そのままクロゼットへと一直線。随分と暖かくなって来たから、仰々しいコートやマフラーなんかは要らない。ネクタイにスーツやジャケットというのも、何だかわざとらしいような気がしたが、さりとて…あんまり砕けた恰好というのもなと、そこは少々考え込む。妖一さんの側にどんな心積もりがあるお誘いなのか。あの悪魔さんの情報収集力を…わざわざ担ぎ出したりしなくとも、今日が桜庭の誕生日だってことくらいはあっさり分かっている筈。でも、だからと言って…それを意識してくれる人だろうか。

  『知ってはいるがそれがどうした。
   今日は忙しいってのに手が足りねぇから呼んだだけだ』

 な〜んてことだって重々有り得る、それはそれはクールなお方なのは先刻承知の間柄。車の運転免許を取ったこと、案外と重宝がられているしなと、そんなことまで思い出し、
“………普段着で良いかな?”
 少々及び腰だったかも知れないが、無難なところを選んで落ち着き、妙に気持ちが嵩ぶって来たもんだから、食事もそこそこ…買い置きのサプリメントクッキーを口にしたくらいで、とっとと外へと飛び出している。大学への進学と共に事務所が探してくれたマンションは、セキュリティが万全で駐車場付きの小洒落たそれであり、招かれざる来訪者への監視のためだろう防犯カメラが同時に住人たちへも向いてるのが、気になるっちゃ気になるが。幸いにしてというか相変わらずつれない恋人さんはまだ一度も来てくれたことがないので、今のところは警戒した覚えなんてない。
“でも、それって安心していて良いことなのかな。”
 それが男女交際なら間違いなくスクープ扱いだが、桜庭の大切な妖一さんは結構しっかりした体格の“青年”だ。単なる同性のお友達にしか見えないのではなかろうか。
“でもでも、妖一ってば あんなに綺麗だし。”
 だから勘ぐられるってことは重々有り得るよね、やっぱ気をつけなきゃだ…なんて。これも一種の“捕らぬタヌキの皮算用”なのか、ずっと先のことを今から案じているアイドルさんを載せたエレベータ・ゲージは、たいそう静かに半地下の駐車場へと辿り着き、この春からの彼の愛車、地味な国産のコンパクトカー目指して、颯爽と長い脚を繰り出したアイドルさんでございます。





            ◇



 泥門市内の閑静な高級住宅地に実家を構えながら、同じ市内に自分専用のフラットを持ってもいた高校生だった彼は、同じ部屋から今現在も大学へと通っており。昨年の秋に免許を取得した大型バイクを駆っての通学だと聞かされてからは、ずっとずっとハラハラさせられ通し。
“葉柱くんもサ、無理なもんは無理ってはっきり言って聞かせてくれりゃあいいのに。”
 免許取得前の基本練習段階から日々の公道での実践に至るまで、運転練習にさんざん付き合わされたと言っていた賊徒学園の総番長さん。アメフトに支障が出るという説教は…彼もバイク乗りでラインバッカーだったから、理屈の上での無理があったのだろうが、それでもサ。あの細腕でナナハン(750cc)や400ccのバイクは大きすぎ。250ccのにだって結構カッコいいのはあるのにと、頑張って口説いたが…これに関してはいまだに妥協してくれずにいる頑固者。来客者用の駐車スペースに自分の車を入れながら、そのご自慢のマシンが目に入り。ついつい気持ちが逸れたせいでか、危うくバンパーを壁に擦すりつけそうになった桜庭くんだったりする。…ダメじゃん。
(苦笑)

  “…えと。”

 さてとて、以前ほどには頻繁に来られなくなったお部屋の前で、それもあっての深呼吸をし、ドキドキしながらチャイムを鳴らせば。間口から予想した以上の奥行きある広いフラットの中から出て来るがための結構な間合いを経てから、がっちゃと開いたシックなドアから………、

  「おめでとーだっ、このヤローっっ!」

 ぱぱーんっと鳴り響いたのはクラッカーの弾ける音。顔はさすがに避けてくれたが、頭の上からばっさと降って来た もつれた紙テープが鳥の巣みたいに髪やお顔に容赦なくかぶさった。仄かに火薬の匂いが立ち込める中、お出迎えにと出て来てくれた金髪痩躯の青年は、くけけvvと楽しそうに笑っており、
「日にちが日にちだし、判りやすいメールにしてやったんだから、予想はしてただろ?」
 これで判らない馬鹿とは付き合ってやらんと言わんばかりの堂々としたお言いようへ、実は少々戸惑ってたことを必死になって胸の裡
うちから追い払い、
「えと…はい、期待してました。//////
 がっついた奴でごめんなさいと。言われる前から謝りまでするところが、相手へ骨抜きなくらいに焦がれてる男の弱みでしょうか。
(苦笑) それへと、

  「ご期待に応えてやろうじゃねぇか。」

 年に一度のこったしなとニヤニヤ笑った愛しい人へ、こんなまで想ってもらえてるなんて、ああもう何だって良いし どうだって良いと。胸が得も言われぬ痛みで“きゅうぅ〜んvv”っと疼いてしまった桜庭くん。

  昨夜は仕事だったんだろ? カウントダウンだって?
  …え? ファンクラブの子だけの集まりだったのに何で知ってるの?
  お前、俺様の情報収集力を舐めてんのかよ?
  じゃなくて…関心持っててくれたんだvv
  ば〜か、せっかくセッティングしたもんを無駄にしたくねぇからだ

 もたもたしてんじゃねぇよと、先にさっさと引っ込んだ撓やかな背中。いつもと変わらない濃色のカットソー姿の彼を追っかけて続けば、

  「………あ。」

 これもお懐かしい、高い天井がそう見えないほど広々としたフローリングのリビングには、お馴染みのビーズクッションやら大画面テレビの他に、広めのローテーブルが据えられてあって。そこには洒落たコースランチ風のお食事が二人分に、バケットに突っ込まれたシャンパンのボトル。妖一坊っちゃんのご実家のシェフが、腕によりをかけて用意してくれたらしく、
「べったべたで済まねぇが、俺も加藤さんも今風のホーム・パーティーってのはよく知らねぇんでな。」
 さすがにプレート付きのケーキは断ったが、そんでも幼稚園児レベルのお誕生日会風で悪りぃなと言いながら。妙にテンションが高かったことを誤魔化すように、ザクッと氷を鳴らしてボトルを引き抜くと、待ったをかける間もなく栓が抜かれる。軽快にぽんっと弾けたその音へとはしゃいで笑った悪魔さんへ、
“………もしかして、妖一ってばサ。”
 にわかには信じ難いことだけれど、実は自分も楽しみにしていたのかも? そんな風に感じてしまった桜庭だった。ご家族は揃ってらっしゃるし、他のご兄弟から年の離れた子供だからと、幼い頃は家族中から構われもしていたそうで。何不自由ない資産家の家庭に生まれ、豊かな愛情によって大きな心根を育まれてもいるその上で、でも。寂しい思いだって結構していた彼なのかも。途中からは自発的な人間嫌いから、意固地なくらいに片意地張って孤高でいようとした彼だから。自分たちには珍しくもない、二人きりなんてささやかなお祝いをするのが、却って目新しくて楽しいのかも?

  “…まさかねぇ。”

 騒ぐならもっと過激にと、高射砲並みの砲台を並べて大型花火さえ打ち上げてしまうような彼だってこと、重々知っているのにね。何でだろうか、そんな殊勝なことをふと、思ってしまった桜庭くんであり、

  「? どした?」
  「あ・ううん。何でもない。」

 綺麗な眸で覗き込まれたのへ、誤魔化すように笑い返すと…寄って来てくれたのを幸いに愛しい痩躯を抱きしめた。生まれた日を覚えててくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとうって、囁きながら………。






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